ONLYESTERDAY
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Home » Biography » Digest Vol.2 2016.6.19 【ONLYESTERDAY PLAY THE HISTORY OF CARPENNTERS】

10月 08

Digest Vol.2 2016.6.19 【ONLYESTERDAY PLAY THE HISTORY OF CARPENNTERS】

By : only/ Tags : /Category : Biography, it'snew/0 Comment

台風が多かった夏から初秋、そしていつまでも真夏日がありましたが、もう10月です。今年も残すところ3か月をきりました。

年に2度だけ行われるONLYESTERDAYのコンサート、次回は12月です。
ということはコンサートまでも3か月を切ってしまいました。
告知が遅くなりましたが、どうぞ、ご予定おきいただけましたら、幸いです。

今回は、昼と夜の2回公演となります。

日時:2016年12月25日(日)完全入替制

1st Open 12:30 Start 13:30

2nd Open 17:00 Start 18:00

Charge 各2000円

今回も「チケットぴあ」にて販売いたしますが、近日中に詳細をお知らせいたします。

2016.6.19 Digest Vol.2

さて、もう次回コンサートのリハの真っ最中ではありますが、まだ前回の6月の後半の様子を更新していませんでした。

当日のMCを再現しながらのちょっと悲しくなる後半の様子です(でも楽曲は美しいですね)。

—————————————————

第2部も引き続きカーペンターズの世界、歴史を追ってお送りいたします。

17. ONLY YESTERDAY
18. PLEASE MR. POSTMAN
19. SOLITAIRE

3曲続けてお届けしました。

アルバムHORIZON「緑の地平線」から、1曲目はバンド名の由来にもなっているONLY YESTERDAY、最後の全米No.1となった PLEASE MR.POSTMAN、そしてSOLITAIRE。

これは、ニールセダカの曲ですが、カーペンターズのツアーの前座をしていたニールセダカがウケ過ぎて気分が良くなかったはずなのに、ニールセダカの歌をカレンが歌うようになったのは不思議・・的な、真相は定かでないエピソードもある曲です。

カレンが最初に体調を崩したのが、このアルバムのレコーディングの頃でした。75年の音とは思えないほどの繊細で研ぎ澄まされたリチャードの音作り、それにしぼりとられて初めて生まれたかのような切なく大人っぽいカレンのボーカル、一皮むけて次の段階に入ったような仕上がりのアルバムになりました。

私(Kimura)とバンマスはこのアルバムが大好きです。

 

次にお届けするのは「There’s a Kind of Hush」見つめ合う恋というアルバムからになります。

このころになるとカレンはさらに・・・。スミマセン、歴史を追ったMCになると第2部は、暗めになってしまいます(でも、遠慮はせず飲んで食べて、泣いて笑って、楽しんでください)。
この頃は、76年になっていましたが、アメリカでは以前程ヒットを出さなくなります。アルバムのタイトル曲や、また日本で再評価された曲も含めて3曲お聞きください。

 20. THERE’S A KIND OF HUSH
 21. I NEED TO BE IN LOVE
 22. BREAKING UP IS HARD TO DO

暗いMCのわりに3曲目のような能天気な曲もやってしまうカーペンターズ。
決して仕込んだわけでもないのに、客席から絶妙に盛り上げてくださってありがとうございます。
次は77年のPASSAGEというアルバムからですが、カーペンターズはそれまではだいだい6月ころにリリースしていましたが、これは9月になっています。ヒット曲を出せなくなっている現実も追い打ちをかけて、曲数も8曲ですし、リチャードもカレンも限界がきていたのかもしれません。でも、次の曲を聞くと彼らなりに時代の王道をとらえようとしていたようです。

 23. ALL YOU GET FROM LOVE IS A LOVE SONG

アルバムPASSAGEをリリースして疲れ切って、厳しい状況になっていたためか、次のアルバムリリースまで4年かかります。

リチャードは音を司る人ですから、リチャードがいなければ作品は作れず、そのころ(78年)そのときまでにためていたものとか、他のアレンジャーやエンジニアとクリスマスアルバムを作成したりしてのですが、それでも78年はシングルを1枚出しただけで、いよいよ長い休養期間に入ってしまいます。

そんな中で、カレンはソロアルバムを作るという決断をします。

体調がよくない中で、全身全霊で新しい世界へ飛び立ち、新しい自分を見せるため、体当たりで様々な曲をレコーディングし、その時のプロデューサーには初めてダメだしをされたりします。予定されていた期間を延長し自ら出資してまでアルバムを完成させますが、残念ながらリリースされることはありませんでした。

80年にはリリースするために準備をしていた段階で、リチャードを含めたそれまでの近い関係者から良い反応が得られなかったためカレンはリリースする決断には至らなかったのでしょう。実際オリジナルの形でリリースされたのは、カレンが亡くなって13年も経ってからでした。

80年当時にリリースされていたら、カレンのみならず、リチャードも変わっていたのではないかとファンの間では言われています。

そのカレンのソロアルバムレコーディングの中から1曲。

 24. If We Try

80はソロアルバムのこともあり、辛かったかもしれませんが、幸せな出来事もありました。

結婚式を挙げたことです。体調も少しよくなったこととリチャードの復活が重なり、4年ぶりに兄妹のレコーディングが行われ、81年に「MADE IN AMERICA」がリリースされます。

ビルボードにはアダルトコンテンポラリーチャートという部門がありますが、そこで15曲目のNo.1となりました。このアルバムには、ウェディングソングが入っていたり、内容も明るく再出発するかのように力が抜けたよいアルバムに仕上がっています。その中から1曲。

 25. TOUCH ME WHEN WE`RE DANCIN’

その後、一年でカレンは夫との別れを決意します(辛いことを振り返る流れのMCになってきました)。体調も崩して82年はほぼ療養生活に当てることになりました。NYで治療を続けていましたが、83年に入り、急に両親の元に戻ります。いろいろな人に電話をかけて話をした翌朝、倒れているところを発見され、そのまま亡くなりました。32歳でした。

悲しみの中、リチャードはアウトテイクの曲、次のアルバムに入れてようとしていた曲等の作業を始めます。完成したのが89年にリリースされた「LOVELINES」です。恐らく、「MADE IN AMERICA」のときにレコーディングされたものだと思います。

「愛のゆくえ」お聞きください。

 26. WHERE DO I GO FROM HERE?

長い時間お付き合いいただきましたが、最後の曲になります。

歴史をつづりながらの本日のコンサート、カレンが亡くなって33年経ってますが、そんな中で選んだ曲は、最後の最後にレコーディングされた2曲のうちの1曲です。

カレンは曲ごとに色んな表情を見せてくれました。日常は階級や格好つけたりして気を張っている心、それを解きほぐしてすべて無くしてくれるのがリチャードと共に作り上げた曲です。それがまたカーペンターズの魅力だと思いますが、その魅力が凝縮されているかのような「NOW」を最後にお聞きください。

 27. NOW

ENCORE
 29. YESTERDAY ONCE MORE

アンコールは、前々回から、この曲でお客様にシングアウトしていただいております。今回もたくさんのお客様に盛り上げていただきました。

長くなりましたが、こうして6月のコンサートは終えました。

2部のダイジェスト版YouTubeです。


https://youtu.be/h-0kUMf7Sf4 

https://www.youtube.com/watch?v=h-0kUMf7Sf4&feature=youtu.be

Concert History

これまでのコンサートのセットリストがご覧いただけます。 次回コンサートは決まり次第お知らせします。

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Reservation

各コンサートについては、コンサートスケジュールのページをご参照ください。

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